随想

CM・CM(コマーシャル・コマーシャル)

菅  禮子
(作家)

 次々に現れては消えるテレビの映像…その中でも、広告メッセージ!その中でいつまでも記憶に残るものは、果たしてどれだけあるだろう。
 以前にも書いたと思うが、もう何十年も前にテレビ映像に紹介されたCM。

  どこまーでも行こう 道は遠くとも
   口笛を吹きながら どこまでも行こう

 ブリジストンタイヤだっけ?タイヤが一つ、はるかな山や坂道を転がって行く絵が、そのメロディと共に、ほろばろとして、明るく楽しく、山坂を人生に置き替えて心を奮い立たせてくれるような印象で、未だに私の胸の中に生きつづけている。
 今はどうだろう?コマーシャルメッセージ即ちCMもエロ、グロ、ナンセンス時代と言うと、いささか古い言いまわしかもしれないが、なんともグロテスクとしか言いようのないCM…受験生のための塾の宣伝なのか…男性の顔や頭を黒いら線で塗りつぶして行く…!いったいどんな狙いなのか?ゾッとせずにはおられない。
 映像を創る側にばかりイチャモンをつけているようだが、かく言う私も決して良い視聴者とは言えない。
 「あちらにもキレジ こちらにもキレジ」
 昔から、仕事をしながら、観たり、聴いたり、いや、聴いたり観たりのながら族―その日も机に向かっているとアチラニモキレジ コチラニモキレジ というナレーションが耳に入って来た。
 えェッ なんだって?そんなにこの国には切れ痔の人が多いのか…さてはぬり薬のCMだなー
 そう思いつつ顔を上げて画面を観ると、そこに映っていたのは、家々の屋根に林立するUHFのアンテナ…つまりデジタル波を地上で受信する新しい放送形態「地デジ」のCMだったのだ。
 ―年だよ、耳が遠くなってんだろ!―そう言われればそうかもしれない。でも、画面は見ずに聴いてごらんなさい。「キレジ」って聴こえるから―
だいたい紛らわしい言葉を使うなって!

 また、ある日、例によって仕事中、耳に入って来たCMのナレーション…
 「クモハ、カンガエルカオヲモッテイル」
 ―いいねェ、いい詩だ― 顔を上げて窓外に広がる空を見た。おあつらえむきの雲が、緑濃い峰々のかなたの空に、白銀に輝きながら浮かんでいる。細めた瞳をテレビの画面に転じると、映っているのは、机上に拡げた問題に取り組んでいる子供たちの真剣な表情…「公文塾」のCMだった。
 ワンちゃんが父親?
 画面にお出ましのワンちゃんは「ワン!」と吠えて、時に物事のすじを通し、有り難き教訓をたれ賜う。「少年よ、大志を抱け」「ケンカをするな」かつてはあったけれど、今はほとんど喪われている家長としての父親の威厳を示している。母親がワンちゃんに「あなた!」と呼びかける。するとこの息子や娘どもはワンちゃんの子?ギョ!たしかにそういうことにはなるが…しかし、単なるナンセンスとも言いがたい。いやらしくない。むしろ愉快である。では作者はなにを意図しているのか?
 親父や老人が口にしても「古くさい」「ダサイ!」と若者が反発する教訓も、このワンちゃんが言うと案外、おもしろさというか、奇想天外さで、すんなり心に受け入れられるのではないか?鬼面ではなく、犬面人を驚かすである。ついでだから、言わせてもらう。某局の女子アナが「すごい美しい!」と言っているのを聴いた。“すごい”というのは形容詞で、く(連用)い(終止)い(連体)けれ(仮定)と活用する。“美しい”という言葉は同じ形容詞で用言であるから連用(用言は活用する)形で、ほんとうは「すごく美しい」というのが文法上の正しい使い方ではなかろうか。
あえて用いるとすれば、すごい!で切って(終止)とても美しい(終止)と言うべき…
 この使い方をするのはどうも女性が多い。男性がこういう使い方をするのは聞いたことがない。
 しかし、この使い方はすでに社会通用語として、市民権を得ているのだろうか?それにしても、未熟な女子高校生ならともかく公共放送の女子アナが平然と使っているのはいかがなものか…そうだ!ワンちゃんパパに言ってもらおう。
 「お前ら!正しい言葉づかいをせよ!ワン!」と。